紙には、西洋紙、和紙、唐紙、画用紙、包装紙、障子紙など、製造方法や使途によっていろいろな呼称があります。また、一般に和紙と呼ばれる紙にも、和紙風とか機械漉き和紙、手漉き和紙などいろいろな種類が流通しています。PIARASではそれらの中で「手漉き和紙」に特化し、その認知を広げる活動をしています。
「手漉き和紙」はその言葉の通り、制作過程のほとんどの部分に人の手が関わってできています。そのため紙という素材商品でありながらも、手作りゆえの風合いが一枚一枚に表れているのでしょう。この点に大きな魅力を持つのが「手漉き和紙」なのです。また一方で生産地取材を通して思うことは、この土地だからこそ作られ続けてきた、土地柄・歴史等の要素が大いに関係しているという点です。
「―和紙で日本を旅する―PIARASベア展」レポート
PIARASは2012年4月に設立し12年。日本の伝統工芸品のひとつである手漉き和紙に魅了され、様々な活動を通して見えてきたものは和紙で繋がった縁。本展示は、東北支援で生まれたPIARASベアを通してその縁を辿る内容です。日本の伝統工芸品はその土地で育った自然素材を材料に作られてきました。多くの産地に赴いて感じることは、長い間継承し続けられた理由は、土地への愛着、大事に思う気持ち、信じる心があったからだと言えるでしょう。
本展示は、PIARASの活動で知り合った方ボランティアスタッフの皆さんと設営の準備をしました。和紙は形あるものを生み出すだけではなく、目には見えない縁を繋ぎ、文化を育み、社会に貢献しています。これらの人の行動や気持ちが伝統的なモノづくりとなって目の前に表れています。
手漉き和紙で作る小さなベアが、東日本大震災から能登半島地震までの災害に、縁を繋いできたことを象徴する展示となりました。
PIARASベア 誕生から今日まで
こちらは、2016年、墨田区押上にある郵政博物館で行われた「かわいいテディーベア展」で、来場者向けのワークショップにPIARASベアワークショップをさせて頂き、その時に作って頂いたボードです。
2013年に誕生したPIARASベア。制作場所を岩手県の工房にし、東北支援。裁ち落としの和紙等の紙粉を使い(リサイクル)、使い残った和紙をぺたぺた貼って(リユース)作るくまのチャームは、年齢や性別を問わず多くの方に手漉き和紙に触れて頂く機会を(伝統工芸品の普及)作ってきました。
PIARASベアは、PIARAS設立にかかわった海外経験の長いオニール陽子が、多くの国で熊は幸福の象徴となる動物である―という事で選択し、多くの人に幸福を呼ぶナイチンゲールプロジェクトとして普及を始めました。ナイチンゲールプロジェクトの最初の活躍場所は、震災後の東北の被災者へのワークショップでした。その仲立ちをして下さった宮城県の齋藤知子さん(宮城県亘理郡)の作ったベアは本展の「受賞ベア2020」で展示されています。その後、災害後の石巻市西光寺で住民の皆様にベアを作って頂きました。
PIARASの12年の活動を通し、手漉き和紙は作品の形として皆さんに楽しんで頂くだけのものではなく、人との縁や、モノとモノを繋ぐ力があり、そのことで多くの文化が育ち、文字を書き残すことが出来るという点で社会を作ってきたのではと考えるようになりました。単なるモノではなく、社会に深く影響できる可能性がある、そんな手漉き和紙を使って様々に社会の役に立つことを考えて行きたい、そんなプラットフォームにPIARASはなっていきたいと思います。
PIARASワールドベアコンテスト2024結果発表
グランプリ
柿田祐子さん 花束を背負って、逢いにいきます No92
手漉き和紙の匠賞
辻井采々良さん 「能登へ」~想いを繋ぐ~ No51
長屋真理さん 美濃の森のくまさん No82
楮栽培支援賞
森島花さん こうぞのなかから No98
PIARAS賞
星川菜々さん まごころベア No94
フォトジェニック賞
若林優美果さん 踏ん張ろう能登! No68
小津和紙賞
田玄結楽さん 岡山を繋ぐベア No131
Miss World賞
冨田キアナさん ドレスを着た天使 No63
ワークショップ賞
目黒加代子さん 金恋 No90
佐藤恵利子さん 向日葵 No93
藤井めいさん ブルー天使 No39
審査員(五十音順)
小津和紙 一瀬 様
写真家・芸術家 宇佐美雅浩様
音楽家 ウスダミホ様
Miss World Japan 大橋一陽様
ちぎり絵作家 川上則子様
福西和紙本舗 福西正行様
フォトグラファー 山下由紀子様
「和紙だより」元編集長 右衛門佐 美佐子様
トキワ株式会社 若林陽介様
PIARASワールドベアコンテストは、PIARAS会員様の会費で運営しております。
「PIARAS手漉き和紙を訪ねる旅」で出会った職人さん達
PIARASでは、会員勉強会として毎年一か所の手漉き和紙の産地に訪問を行ってきました。どの産地の皆様も、仕事でお忙しい中、特別に時間を作って下さり、産地の特徴を表したおもてなしをして下さいました。心に残る思い出を作って下さった職人さんたちの姿をご紹介いたします。パネルで使った写真は全てPIARASが撮影したもので、職人さんに使用許可を頂いているものです。
2013年 美濃和紙(岐阜県美濃市) 美濃竹紙工房 鈴木竹久さん・豊美さん
大光工房(現在のWarabi Paper Co.)
アテンド 丸重製紙企業組合 辻晃一さん
2014年 吉野和紙(奈良県吉野郡) 福西和紙本舗 福西正行さん
2015年 石州勝地半紙(島根県江津市) 風の工房 佐々木誠さん・さとみさん
2016年 能登仁行和紙(石川県輪島市) 遠見和之さん
2017年 成島和紙(岩手県花巻市) 成島和紙工芸館 青木一則さん・美智江さん
2018年 山中和紙(岐阜県飛騨市) 清水和夫さん
いなか工芸館 柏木さん
アテンド 近谷るいさん
2019年 伊勢和紙(三重県伊勢市)大豐和紙工業 中北喜亮さん
2020年 烏山和紙(栃木県那須烏山市)福田製紙所 福田博子さん
アテンド 飛駒和紙 青木紀雄さん
2021年 蒲生和紙(鹿児島県姶良市)小倉正裕さん
2022年 琉球紙(沖縄県那覇市)蕉紙庵 安慶名清さん
2023年 小川和紙(埼玉県比企郡)久保製紙 久保孝正さん
―和紙で日本を旅する―
PIARASでは年に一回会員学習会として、手漉き和紙の里を訪ねる旅を企画しており、11件の産地について特別なマーク(バルーン)をつけてご紹介しました。産業の大きさや知名度で訪問したものではなく、足を運び職人さんと話し工房の見学等させて頂き、人の縁を繋いで辿り着いた産地を取り上げました。
この度は、お忙しい中、それぞれ産地の職人さん達に「ご自身の和紙の良さが分かるベアを作って下さい。可能であれば、地元の文化的要素をプラスして頂けますか?」とお願いいたしました。職人さんたちのベアを通して、地方で残っているお祭りなど和紙と共にその土地らしさを味わって頂けると思います。下に敷いている敷物もそれぞれの産地の和紙を使用しております。
―和紙で日本を旅する― 企画 ※以下敬称略
協力
各産地和紙の職人の皆さん
大豐和紙工業株式会社(伊勢和紙)
東京バルーン倶楽部
PIARASベアワークショップ
好きな和紙を土台のベアにペタペタ貼って世界で1つのベアのマスコットを作るワークショップでは、
福嶋秀子さん(「暮らしの中の和紙のかたち」/和紙アーティスト、第4回PIARASワールドベアコンテスト2023グランプリ)と
河内愛稀さん(「ミス・ワールド・ジャパン2021 日本伝統文化賞」、第3回PIARASワールドベアコンテスト2022和紙の匠賞)が講師を務め、たくさんの方が訪れ、会話とともに創作を楽しまれていました。
個人作品の展示では、紙漉きの用具から雑貨まで、彩り豊かな作品が展示されました。
左より
福嶋秀子さん、アーテック株式会社、株式会社ADVAITA、三浦手漉き和紙を考える会、全国手漉和紙用具製作技術保存会
左手前より
菅早緒里さん、日本ルーマニアパンフルート協会
左奥より今井由紀さん、今井香子さん、西岡和希さん、内藤詩桜
石川県の木「能登アテ」を使った被災地応援メッセージツリー
2024年1月1日におこった能登半島地震は、石川県輪島市・珠洲市及び志賀町で震度7を観測するなど大きな被害を負いました。輪島市三井町には、能登仁行和紙の工房があります。能登半島山間部は震災で多くの孤立集落を生みました。断水、電波の回復の遅れ、自衛隊の援助がなかなか届かないなど、一括りに被災地と呼ばれる中にも被害の違いは様々です。
そして、復興の兆しが見えた9月21日、追い打ちをかけるような豪雨被害に見舞われました。今回の被災は、地震の被害を上回るダメージがあったと伺っています。
本企画計画段階で能登地震応援を会場内で行いたいと考え、林業が盛んな石川県の県木、能登アテの枝を送って頂けないか能登仁行和紙の遠見和之さんにお願いをしていました。快くご了承頂いた直後の水害。この状況でお願いすることは無理と判断し、お願いは無かったものにとの連絡を取ったところ、「工房周りの和紙の材料は、薪も含めてみーんな流されて無くなりました。用具も使えるかどうかわかりませんが、作りますよ!」とのお返事。そして、その約束が果たされて、このメッセージツリー展示が実現しました。
報道にならない現場の困難があります。へこたれないで頑張っている能登の皆さんに向けて、東京にいる私達から元気と応援を届けます。このメッセージツリーは能登アテと遠見さんの和紙。この和紙には能登の自然(植物と珪藻土)がたっぷり漉き込まれています。今回、この展示のことを考えて作って下さった思いに応えて、皆さんから応援メッセージをいただきました。
日本は災害の多い国。今は能登でも次はどこに災害が起こるか分かりません。今こそ、和紙で繋がり、みんなひとつに繋がっている日本の手漉き和紙産地同士で協力しあおうという想いを込めました。
本展示で飾っているミニチュアの椅子は、神奈川県三浦市の三浦手漉き和紙の会で育てた三浦の楮の軸で手作りしたものです。
能登仁行和紙
能登半島は漆喰の原料となる珪藻土の産地としても有名で、それを漉き込むことで壁紙にも特化した手漉き和紙が誕生しました。遠見さんの和紙は消炎効果の検査も受けていらっしゃいます。本展示では、建築素材としても使えるような大判の和紙を実現くださいました。
メッセージツリー企画
協力
能登仁行和紙 遠見和之さん
三浦手漉き和紙を考える会の皆さん
東京都チャレンジドプラスTOPPAN
1000輪さつき
2021年 写真家の宇佐美雅浩さんの作品「宇佐美正夫 チバ 2021」〈千の葉の芸術祭/千葉市〉で、作品の主人公の人生を回顧するテーマで、さつきの花がキーワードのひとつであったところ、花の時期が過ぎた盆栽に和紙の花を咲かせることでPIARASが協力させて頂きました。石州勝地半紙の彩色紙(島根県江津市)と本美濃薄(岐阜県美濃市)を使って、さつきの花を1000輪作成。その花を使って本展示の迎え花として、入り口にアレンジいたしました。
1000輪さつき制作と迎え花のアレンジ
オニール陽子 PIARAS花紙絵 特別認定講師
斉藤里織 PIARAS花紙絵 特別認定講師
菅原幸代 PIARAS花紙絵 認定講師
宇佐美雅浩氏「宇佐美正夫 チバ 2021」
楮ツリー
2013年より、吉野町の「福西和紙本舗」福西正行さんにご協力頂き、国産楮を大事に扱うことを目的として「楮栽培支援活動」を始めました。表皮の靭皮繊維を取り除いた後の卵色の楮の軸が美しかったので、草月流生け花家元はじめ、いろいろな華道家に今までにない花材として作品に使って頂き、2017年「花・花展」には三越本店路面ウィンドウとライオン口地下階段を飾る草月流本部講師作品に、楮と手漉き和紙を使う取り組みも行われました。
楮の軸の表情は産地によって異なり、福西和紙本舗の楮の軸は、芽かきなど細やかに手入れされているためか、まっすぐで芽をかいた後が目立たず滑らかです。こういったところからも産地や職人さんの手作業や個性を知ることが出来ます。
本展の入り口に吉野の楮を使った大小のツリーを飾りました。
制作 鈴木祐子 草月流 師範
協力 福西和紙本舗 福西正行さん
―和紙で日本を旅する―PIARASベア展
主 催
特定非営利活動法人PIARAS
後 援
武蔵野美術大学校友会
協 賛
アーテック株式会社
株式会社ADVITA
一般社団法人全日本ヨガ連盟
一般社団法人Miss World Japan
協 力
小津和紙
暮らしの中の和紙のかたち
東京戸倉和紙
能登仁行和紙
ボランティアスタッフ
今井由紀
オニール陽子
斉藤里織
菅早緒里
鈴木祐子
内藤詩緒
福嶋秀子
星河菜々
森島 花
展示企画・監修
木南有美子
(各項目につき氏名五十音順)
【コラム】
伝統文化(工芸品)の継承について、教育の視点で考える
(教育公論社「週刊教育資料」No.1656, 2022年5月2・9日 木南寄稿転載)
私達の祖先は、生活圏にある自然の恵みを利用して様々なものを作ってきた。その中でも使い勝手の良い、暮らしに必要と思われていたものが、口伝、見真似などによって次世代に遺されている。
さらに、審美眼を兼ね備えた器用な手先を持つ者によって、磨かれ洗練された物が作られた。これらは、伝統的工芸品産業の振興に関する法律に基づいて「伝統的工芸品」と呼ばれてその存在を社会が守っている。
私は、特定非営利活動法人で手漉き和紙を普及する活動を行っており、何世代も継承され作られてきた様々な物を見ている。漆器、和蝋燭、油、灯り、襖。手漉き和紙は、工芸品ではあるものの、それ自体が最終形ではなく、材料になったり道具になったりして使われるので、和紙を追いかけるといろんなものに触れることになるのだ。
例えば、英語でJapanと呼ばれる漆器は、素地に塗る前に漆液の不純物を取り去るのだが、漆濾しには和紙が使われる。伝統的な和蝋燭は芯に和紙を使っている。このように日本のものづくりは、相互に関係し合って作られてきた。そして、原材料には、漆、櫨、楮、三椏、雁皮、麻、桑、竹、桜など植物が使われている。
伝統工芸品の問題は、大きく3つある。
1、国産原材料不足。日本の伝統工芸品の材料がオール外国産も珍しいことではない。市場では堂々と伝統という言葉を用いて売られている。
2、後継者不足。多様な理由により先祖の技術を繋いでいく者がいない。例えば、和紙作る過程で使われる、用具や金具などにも伝統の技術が継承されており、手漉き和紙職人だけでなく、それら一つ一つの継承者も含めて不足している。そのどこが欠けても伝統的な和紙は作れない。
3、人手不足。工芸品の原材料は自然相手なので農作業と同じ。地域の共同体が形成され、お互い様と言って手伝い合える関係性が作られているかも重要なポイント。
2000年にも及ぶ天皇家の歴史や、100年及び200年以上続く老舗が世界で一番多いと言われる日本。長く続く理由は、配慮、礼儀作法、道徳観、忍耐力、想像力、五感で感じて身体で覚える、など、教育から得られたものが大きいと思っている。
課題となっている3つの不足は、職人の責任だけではなく、社会の問題とは切り離すことが出来ない。SDGs達成に向けて、人間(文化)を取り巻く社会を持続可能なものに改善していくことが遠回りに見える近道であると思う。
【コラム】
出来上がったものは作った人そのもの、五感を使う経験が役立つ
(教育公論社「週刊教育資料」No.1665, 2022年7月18日 木南寄稿転載)
五感を使う経験のストックを増やすために私達が出来ることは、経験する場や機会を作ることだと考えています。五感を使う経験を伴う伝統工芸品は、一般家庭では大人が嗜むものとされ、子どもの手には届かないところにあったりするものです。なまじ伝統という難しい言葉が付けられているために、敷居が高くなりがちで子どもの身近には存在していません。
手漉き和紙も同様です。伝統的な方法で作った手漉き和紙を使う機会は、大人でもなかなか持てません。そもそも、どこに売っているのかさえ分からないのではないでしょうか。大人がそうなら子どもたちが手漉き和紙を触ったり感じたりすることは、困難です。
そこで私達は、他の作品制作でちぎり落した端和紙を集め、それをのりで貼るだけで簡単に作品が出来るワークショップを行うことにしました。
その中のひとつ、「PIARASベア」(熊の人形)は、裁ち落としの端和紙と紙粉をのりで固めながら熊の形にしたものです。リメイク・リユース・リサイクルの3Rが揃う環境に配慮した工程を踏む伝統工芸品の一つです。制作は、岩手県奥州市の工房で行っています。
このワークショップの良いところを2点、ご説明しましょう。
1つは、「誰でも作れる」ことです。3歳くらいのお子様からご高齢の方まで、老若男女問わず楽しんで取り組むことができます。大人と子どもが同じテーブルに向かい合い、手を動かして物を作る時間は、世代を超えた交流にも役立っています。
2つ目は、「制作のゴールを作らない」ことです。例えば、目の前にさまざまな色の小さな端和紙を山にして置くと、子どもたちは、目をキラキラさせて自分の好きな色の端和紙を選び出していきます。私はこれを〝宝探し〟と呼んでいます。
和紙の種類によっては触った感じも異なります。たくさんの色に触れ、使う色を決めていく。自分が選んだものや使い方には、誰の意見も及ばせない。一定のゴールはなく、出来上がったものは作った人そのものです。だからこそ、どの作品もオリジナルの輝きに満ちたて生き生きとしています。
達成感が伴う経験で得た自信や感覚は、子どもたちの心に良い記憶としてストックされ、後に役立つ機会を生じさせていくことでしょう。このようなゴールを作らない自由なものづくりの時間を、学校教育の現場でも取り入れてみてはいかがでしょうか。